現在地:高雄縣田寮郷崇德村(2010年2月14日撮影)
田寮公學校狗氲氤分教場
民国11年(1922年)大正11年6月24日
高雄州報第225號 大正11年6月25日告示第70號
狗氲氤公學校
民国24年(1935年) 昭和10年4月1日
高雄州報第984號 昭和10年4月9日告示第53號
田寮北國民學校
民国30年(1941年)昭和16年4月1日
高雄州報第1600號 昭和16年4月1日告示第267號
<解説>
狗氲氤(Kaunkun-カウンクン)-『臺灣子街庄名の讀み方』(昭和13年)東都書籍株式会社
「狗氲氤(田寮庄)古の狗匀崑(カウウヌク・ヌ)で、康煕末年までは羅漢門〔今の旗山付近〕の外鎭として汛兵〔巡視兵〕分防するに過ぎなかつたが、乾隆の末年吳姓の人が開墾に着手した。當時八人の佃戸〔でんこ〕を招き地を八分して耕作させたので八掛の稱があつたという。一掛は牛三頭を役して耕作し得る程度の地で約三甲(一甲は二九三四坪)に當る。狗氲氤は狗がうづくまつてゐるやうな地形から名づけられたか。」安倍明義『臺灣地名研究』(昭和13年)蕃語研究會 255-256頁
〔 〕は泉がつけた。
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